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大阪家庭裁判所 昭和47年(少)4862号 決定 1972年8月28日

少年 K・I(昭二八・八・一五生)

主文

一  少年を中等少年院に送致する。

二  押収してある接着剤プラボンド一瓶(昭和四七年押第五九八号の一)を没取する。

理由

(非行事実)

少年は、昭和四七年八月二日午後一時四五分頃、大阪市北区○○町××番地○○会館五階○○○座ロビーにおいて、興奮、幻覚又は麻酔の作用を有する劇物で、政令で定められたトルエンを含有する接着剤プラボンド一瓶(昭和四七年押第五九八号の一)を、みだりに吸入する目的をもつて、所持していたものである。

(適用法条)

毒物及び劇物取締法二四条の四、三条の三、同法施行令三二条の二。

(処遇理由)

本件は、少年が、女友達と待ち合わせするまでの時間を持て余し、映画館でボンドを吸引してガードマンに見付かり注意されたので止めていたところ、警察官が来てボンドの所持で補導されたというものである。

少年は、これまで外国人登録法違反、道路交通法違反に問われたもののほか窃盗二回、虞犯、傷害各一回の非行歴を有するものであるが、昭和四三年七月頃、尼崎市の○○中学校を二年足らずで辞めてしまい、新聞配達のアルバイトをしていたが、昭和四四年二月初め東京へ家出し、新聞販売店に住込み就労するも三か月余しか続かず、その後間もなくボンド、シンナー遊びを覚えてからというものは徒遊生活に陥り定職はなく、生活に必要な限りでバーテン、新聞配達、チラシ配り等と転々とし少ない収入を得ては、新宿駅周辺に蝟集するいわゆるフーテン族と呼称される仲間と交遊を重ね、ボンド、シンナー遊びに耽溺するという怠惰な生活に終始し、その間警察に再三補導され二回程尼崎市の自宅に帰つてはいるが、その都度何日も経ずして家出上京してフーテン生活に舞い戻つていたもので、このため昭和四六年五月四日神戸家庭裁判所尼崎支部で虞犯等の非行により保護観察の決定を受けるに至つている。しかし、少年は、その後間もなくしてまた家出し、尼崎市内等で就労するも転々と職場を変えてアルバイト程度の仕事をするに過ぎず、時々次姉宅を訪れ金をせびつたり、売春婦と同棲まがいの生活をして徒食を続けたり、また、本年四月に父親も死亡して家の立退料が手に入るやこれで徒遊生活を送り、更には次姉の取計らいで表沙汰にはならなかつたが新聞販売店での集金を持ち逃げするなどの行動も見られ、その放恣な生活態度は一向に改善されておらず、ボンド、シンナー遊びも、もつとも少年はこれを否定しているが、次姉等の陳述によれば未だ常習化していることが窺われるところである。

少年においては、幼児期に母親が亡くなり、父親は失対人夫として経済的に貧しいことに加えて飲酒癖、酒乱の傾向を有し、その無理解から実姉二人はそれぞれ家を出てしまうといつた親子関係における精神的結びつきの全く崩壊した家庭にあつて、社会生活上必要とされる基本的な生活訓練をほとんど受けることなく成長しており、学校への不適応と家庭生活の魅力の喪失によつて、早くから家出という形で家庭を離脱していわば自活の生活に入つたものの、自己に対する認識が極めて曖昧な状態に止まり、将来への見通しも未熟で、物事に対し現実的な方向での取り組みができないため、結局は明確な生活目標も立たず職業意識も持ち得ないままに、対人関係への不適応と無気力な不全感との悪循環の中で慢性的な欲求不満を蓄積させ、これをフーテン生活へ逃避し、ボンド、シンナー遊びに依存することによつて解消し補いつつ、次第に社会的枠組からの逸脱傾向を強め、無為徒食の遊惰な生活に流されてきているものであるように見受けられる。

ところで、少年には精神障害は認められず、知的能力もさほど劣つているとは思われないが、積極的に自己実現に向つていくだけの生産的意欲が欠如し、内部エネルギーの存在も窺われず、その行動傾向は意思不定性とも相俟つて規制力を失い全く怠惰、放縦そのものであり、対人的協調性、共感性も乏しく、また、周囲へ不満や攻撃を向けがちで自己への深い洞察力に欠けているため、その防衛機制としての虚勢も加わつて、その思考や行動は自ずと現実性の伴わない独りよがりなものに滞つてしまつており、これらは少年における顕著な特性として認められるところである。

それ故、少年は、社会集団の中で適応してゆくことができず、また将来への見通しとかいうことへの不安や焦りがないわけではないから、これまでの不遇な生活を一挙に打解すべく、何か途轍もないことをやつてみたい、或いは金が欲しいとか社長になりたい等と考えるのだが、合法的であれ非合法的であれそのための有力な手段を持たず、また自分で努力することが非常に嫌いで、現実的な満足がはかれないところから、ただ現状への欲求不満にいらいらし、結局自分の無力さとが空虚さを満たすために刺激的なものを追い求めやすく、更には空想の世界を発達させこれに逃避するといつた傾向にあることが強く窺われ、少年はボンド、シンナーを吸引する動機は寂しいと思う時これをまぎらすためであると述べているが、このような逃避機制と結びついているものであると考えられる。

しかして、少年は、自分が朝鮮人であること、身寄りがほとんどいないこと、更には現在のような浮遊生活にすらかなり劣等感を抱いているために反社会的意識は強いものの、まだ自尊心が残つているためか、或いは孤独を楽しむ気持のためか今は辛うじて抑制されており、また、少年の場合、ボンド、シンナナーの酩酊時には幻覚を体験することもあるようだが、それが直接、間接の原因となつて粗暴な振舞いに出るとかその他犯罪行為に及ぶということはこれまでの状況からして余り考えられず、その意味では差し迫つて大きな反社会的行動に陥る危険性は少ないものと思われる。しかし、少年においては、東京でのフーテン生活時代にマリフアナ、L・S・D等も何回か体験しているということであつて、その薬物への依存傾向はかなり根強いものがあり、これまでの長期にわたるボンド、シンナーの吸引から早急に脱け出すことはまず困難であると認められ、それだけに現状のままでは正常な職業生活は送れなくなりつつあることが窺われるところであつてみれば、今後もなおこれまでのような無目的な生活を継続していくことは明らかに予測され、ひいては就労先での集金の持ち逃げにみられるように犯罪に繋がる危険性は多分に考えられるといわねばならない。そして、少年の現況からすれば、唯一の身寄りである次姉にその監護を期待することは限界を超えており、他に今のところ少年に適切な社会資源も見当らないところである。

したがつて、この際、少年に対しては、施設に収容のうえ、ボンド、シンナーの吸引より遠ざけることによつて、これまでの惰性を排し、新しい生活習慣を獲得させることが何よりも先決であると考えられる。もとより少年は当初その堅苦しい生活にかなりの抵抗を示すであろうと憂慮するが、自己の非を認めるようになればそれも収まり、その教育的効果に期待できるであろう。本当に身寄りの少ない少年であるので、仮退院時には細かい配慮が必要であると思料される。

なお、押収してあるプラボンド一瓶(昭和四七年押第五九八号の一)は、前示非行を組成した物で、少年以外の者に属しないことは明らかであるから、これを没取することとする。

よつて、保護処分につき少年法二四条一項一号を、没取につき同法二四条の二第一項一号、二項を、それぞれ適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木正義)

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